2019.04.24

山裾の農村にある民家の一室は、自家製暗室とドグラ・マグラ

昭和の西脇を写真に収めてきた宮崎さんの本業は機屋。写真は道楽だと言い切るスタンスの為せる作品に見た、田舎パラレルワーカーの可能性を考える。

漫画「惡の華」※1 第1巻に、思春期の主人公 春日高男が放つこんな台詞がある。

「周り全部山に囲まれているこの町には 逃げ場なんてどこにもありゃしないのさ ボードレールを理解する人間が この町に何人いる!? なぜ全ての鉄がさびてるんだ!?」

みなさんの目にはこの写真が「美しい田舎の風景」に映っただろうか?
春日高男の言う閉塞感への絶望感、高校卒業後、同じような気持ちで東京の大学の文学部へ行ったから、僕にも少し分かる。





工場が隣接するお宅。すぐ山のそばであることが分かる。



宮崎さんへ同じ質問をしたら、
「別にそんな寂しいことはなかった。これは偏屈の一人で楽しむ趣味ですからねえ」と、けろっと言い放ったから、
今回書くのは、そんなこじらせた自意識の話や思春期論ではなく、今流行りのパラレルワーカーについてだ。明るい話だ。
そうは言っても、「周り全部山に囲まれているこの町」であることには変わりはない。

20歳からはじめたカメラ。ニコンFは7万5千円

↑平均月給が6500円の時代の話。


アトリエに横尾忠則のポスター。



20歳で手にとって、以降カメラに本格的に没頭する宮崎さん。最初に買ったのはアサヒペンタックス※2。「アサヒカメラ」※3で土門拳※4が好きになったのがきっかけだそう。

その次は森山大道※5。今でも書斎の本棚には同氏の写真集がいくつかあった。

ーーー「こういうのとか、アサヒカメラとかって、当時西脇で買えたんですか?」

「そうやねえ、文化堂書店※6で買えたんやわ。あの川べりんとこにあったでしょ」


これも宮崎さんの撮影。



自家製の暗室は、当時は自分で現像するしかないからそういうものだったそうだ。次に買ったのはニコンF※7。
「75000円もしたんやけど親父が買ってくれたんや。平均月給が6500円の時代にやで」

25歳のその頃から機屋を始めたそうだ。この地で一筋、続けてきてもう54年になる。西脇市内の織物の産業規模は、全盛期から1/10以下になったにもかかわらず、なお現役の宮崎さんは一流の職人と言ってよいだろう。
が、ご本人にとってはただの「食い扶持」だという。他のいろんな職業の中からこれを選んで、それしか知らないからそれを続けてきただけだと。



宮崎さんの工場にある織機は、ベルト式の古い型で独特の風合いが出る。今ではそんなに多く残っているものではないそうだ。


写真は仕事にはしなかった。機屋でよかったと思う。


ーーー「写真の方を仕事にしたいと思ったことはなかったんですか?」

「そらぁあったけどやね、これは続かんなあ思いましたわ。仕事ってなったらまたいろいろ違てきまっしゃろ。やっぱり機屋を地道に続けてきて、それでよかったと今でも思うとりますわ」

きっと宮崎さんなりに、機屋としてのやりがいや楽しみは持っておられるのだろうが、ここが播州織とはまた別の産業の土地だったら、違った産地だったら、ただその職業をを食い扶持として選択し、一方でカメラをやってきた人生だったのかもしれない。


『箱男』の箱本がある。



ーーー「そしたら機屋さんをやりながら、このへんの本は休みの日や夜なんかに読んでたいうことですか?」

「そやねえ。20代の頃はあれですわ、横溝正史※8。ブームが起きる前からわたしは読んどったんやけど、その時は、これはちょっと変わりモンの趣味や思いますやんか。そしたらえらい流行って映画にもなって。それが30歳くらいのときやったやろかなあ。ドグラ・マグラ初めて読んだんもちょうど30くらいの時やった思いますわ。…………ブウウ――――――ンンン――――――ンンンン………………。言うてな。あれはなんべん読んでもよう分かりゃしまへんな」

夢野久作、江戸川乱歩、に並んで丸尾末広。それに続いてガロ系作家※9がいくつかあって、たしかに「変わりモンの趣味」と自虐されるのも頷けるラインナップ。。!僕ら世代だとヴィレヴァン※10の品揃えだと思ってもらえればいい。


誰に頼まれた写真でもないからこその

ーーー「このへんの本とかも文化堂書店で?西脇で話が合う人とかっておりました?」

「いやぁそら話合う人なんかおりまへんわ。ちょっと恥ずかしい趣味やとも思とるし、ひとにはこういう話しまへんしなあ。買うてくるんも一ヶ月にいっぺんほど大阪でやったし。やっぱりこのへんは西脇では買えまへんでしたなあ。ライカ※11買うたんも大阪です。中古で20万や。ライカはやぱぁ高いなあ」

語弊を恐れずに言うと、大学を出てそのまま都市部で働く、土日は古書店街を巡る永遠の文学青年おじさん、新宿ゴールデン街の演劇系バーで若者を捕まえては、毎夜自らの趣味嗜好をのたまうおじさん、就職する気のない年齢不詳文学研究大学院生、趣味は一眼。
の口から出たのなら分かる固有名詞たちと、書斎。
この人は、こんな片田舎で人知れず”ひとりヴィレヴァン”を育んできたのだと思うと、どんなにか純粋な動機に突き動かされた営みだったろうか。ヴィレヴァンに通う大学生や当時の自分に言うてやりたい。


現像する部屋とマッチョな三島由紀夫。


「本をよう読んどりましたら、いっぺん自分でも書いてみよ思いますやんか。自分の写真に気の利いた文でもつけよか思てやってみたことありますんや。全然あかんかったねえ。あんまし考えんとシャッター押してるせいやろかなあ思って」

たしかに宮崎さんの写真には、なにかこう情念を感じるような気がする。考える前にシャッターを切ったような、一連の写真のモチーフには統一感はないが(女性の後ろ姿はいくつもあったが)、「あ、かっこええ」「あ、良うおまんな」「お、ええど」の「あ」の字「お」の字の前に撮られた写真で、なんでもない街の風景を面白がる、憧れと同時に一定の距離を持った視点を感じた。



「誰に頼まれんと、好き勝手に撮ってきてますんや。記録写真ほどおもろないもんはありまへんでしょ。あとで見てもなーんにも感じへんしねえ」

自身の写真への考え方が他と比べてどうか、技術はどうか、知識はどの程度のものか、そんな意識がまるで介在せずに、好きなペースで好きな時に好きに撮ってきたのだろう、それは一方で機屋さんを地道に続けてきたからこそ為せる業で、まさにパラレルワーカー!

半世紀前からここ西脇の、中でも辺境の山裾の農村で、自宅内の工場と暗室を行き来してはしこしこと、職業と作品とを積み上げてきたその様は、まさに最近流行りのハイブリッド、自己実現、自分らしいライフスタイル、等々の文脈で語られるスマートな生き方ではあるまいか!


"適度な”田舎で実現するパラレルワーカー

宮崎さんの半生を思うと、どうしても自分なら他人と共有をしたくなるだろう、と寂しさを感じてしまうが、パラレルワーカーや志望のみなさん!出ていくもん(支出)の少ない田舎を、その舞台に選んでみるのはいかがだろうか。


若かりし宮崎さんご自身。港区弁天町にて


今の西脇やその周辺地域には、テキスタイルデザイナーやクラフト系の作家、絵描き志望からwebエンジニアまで、県外からの移住者、Uターン者がいるから、山に囲まれて一人孤独にボードレールを愛でる寂しさに打ちひしがれることもないだろう。。!笑
大阪へも高速バスに乗って1時間半で出られる。家賃も安いしご飯も美味い、高コスパパラレルワーカーが実現できるかもしれない。



マルブンノイチで活性事業を行う旧中心市街地は、宮崎さんのお宅からは車で15分ほど離れている。当時自転車で市街地へ通い、また毎月大阪へ通った、”都市”への憧れのまなざしを持ったような当時のモノクロ写真を、当サイトでは一部お借りして掲載している。



ここが「市街地」だった昭和への憧れと、宮崎青年のそれとが(恐れ多くも)重なるような、その残り香のあるまちなかで次の時代をつくろうというモチベーションになっているな気さえしてくる。


そんな情念を煽ってくるような(笑)、宮崎さんの作品ですが、5/9~26まで西脇市岡之山美術館でご覧になれます。

テーマは、「放浪犬」
野良犬ではなく放浪犬。


昔、大阪へ通った頃に西成のあたりで人と違和感なく共存していた放浪犬の、なんとも言えずさみしそうで、でもそれを当たり前に受け入れる人間と、犬が、同じように流れついた先で干渉し合わずに生きている様が好きで、よく写真に収めていたそうだ。今回はその頃の写真からセレクトしたものを展示している。

「あの時、写真を仕事に選んだらいまは機屋のおっさんやなしに、あそこで犬と仲良しやったかもしれまへんわ」
という宮崎さん、当記事では写真NGでしたが、在廊されている日もあるのでお会いできます。

「アホがシャッター切ったらさえきれいに写る」デジタルカメラ全盛の時代に、こないきれいに写ってたまるかい、という気概で今も写真家として現役の宮崎さんと、ぜひお話されてはいかがでしょうか。



展示情報


「ー街に生きるー 大阪1986〜1995 宮崎嘉泰展」

西脇市岡之山美術館
JR加古川線「日本へそ公園駅」すぐ

会期:2019年5月9日〜5月26日
開館:10:00〜17:00(入館は16:30まで)※最終日は15:00閉館
休館:月曜日(祝日の場合は翌日)/祝日の翌日
料金:無料



※1:押見修造による漫画作品。「クソムシが」など数々の名言を生む。
※2:1957年5月発売の一眼レフカメラ。
※3:1926年創刊のカメラ雑誌。
※4:徹底したリアリズムに立脚した昭和を代表する写真家。
※5:日本の代表する写真家。「ボケ」「ブレ」の作風で知られる。
※6:昔、西脇市の蓬莱橋の脇にあった書店。
※7:1959年に登場したニコンによる初の本格的なシステム一眼レフカメラ。
※8:推理作家。『金田一耕助シリーズ』や『八つ墓村』などで知られる。
※9:かつてのアングラ漫画雑誌『ガロ』に掲載されていた作家群
※10:斜に構えたいサブカル系若者が、アクセサリーを揃えられる聖地。
※11:ドイツ製のカメラ。世界一有名なカメラメーカー。

ライター情報

丸山大貴

Writing / Daiki Maruyama

マルブンノイチの一連のプロジェクトオーガナイザーで、普段はデザインデイレクター。当メディアを機に記事執筆にも挑戦中。一応文学部出身