2020.07.29

今ではスナックの跡と住宅が混在する不思議な場所である旭マーケット。地元の方にお話を聞いてみました。

播州織で栄えた西脇市で、県外からの集団就職してきた女工さんの共同宿舎と言われている、旭マーケット。しかし、いまではスナックの看板が残っています。そのかつての姿に迫りました。


今回は前回取材した旭マーケットの疑問について、深く掘り下げていこうと思う。

昔から西脇に住んでる人に話を聞くことができれば、きっと何か知っているとおもい取材してみることにした。

旭マーケットのもともとの姿とは?

以前にコラムの取材を受けてくださった住吉屋さんへ行ってお話を伺うことにした。

あまり旭マーケットの昔の様子については知らないとおっしゃっていたが、
昔の地図を見せていただくことができた。(ありがとうございます!)



写真の右側に見える、細い通路と密集している建物あたりが旭マーケットである。
(拡大しないと見えないくらいの小さい文字だが、現在も看板が残っているお店が見えたりする。)

いつ頃の地図なのかわからないが、それでも看板が残っているほかにもスタンド(スナック)が何店舗か残っているのがわかる。

旭マーケットで写真を撮っている際に出会った住民の方にもお話を聞いた所、その方が旭マーケットに引っ越してこられた30年前くらいまえまではスナックも営業しているところもあり、人通りもあったよう。
(なので恐らく地図は30年〜40年ほど前の物だと考えられる。)

女工さんの共同宿舎ではなかった!?

次に取材したのは以前にもコラムにて登場した、喫茶マンボの加藤和子さん


(マンボのこの雰囲気に何回もドキドキしてしまう)

「あそこが女工さんの共同宿舎やったって聞いたことがあったんですけど、その時からスナックとかってあったんですか?」

ーーーー「あそこはずっと飲み屋があったんよ、だから女の子の寄宿舎ではなかったんちゃうかなあ。」

!!??
そもそも寄宿舎じゃなかった!!??

ーーーー「工場もあのときは大きかったから、女の子が何十人と勤めていたからね。工場が大きい寄宿舎を建てとってやったから。」

「住んでる人はいなかったということですか??」

ーーーー「いやいや、そんなことないよ。下でスナックしよったひとが2階で住んどったったんよ。」

どうやら、寄宿舎は寮(社宅)のように、工場ごとにあったようだ。
大きい広間で寝て、食堂でご飯を食べる生活だったという。
飲み屋さんの他にお店はあまりなかったようで、美容所と書かれた建物の話は解決しないままだった。


(ブラックは飲めないことを伝えるとミルクコーヒーにしとくわね、とミルクたっぷりで出してもらった。)


他にもマンボでは西脇に残るもう1つの木造アーケード、寿マーケットの話や西脇の昔の話をたくさんしてくださった。(聞いた話はまた記事にします)


旭マーケットは女工さんが住んでいた共同の宿舎ではなく、飲み屋街だった。
それも今残っている看板の数だけではなく、奥にタバコ屋さんがあったり、スタンドも何軒かあったというから驚きである。


地図にも書かれていなかった旭美容所と書かれた建物が個人的にすごく気になるのだが、もしかしたら飲み屋街の前にも違う姿があったのかもしれない。

快く取材に応じてくださった方々、本当にありがとうございました!

店舗情報

住吉屋

〒677-0015 兵庫県西脇市西脇974-7


営業時間:9:00~17:00 

※少し時間過ぎてしまうという場合は、TELにて連絡でお待ちいただけます。


喫茶マンボ
〒677-0015 兵庫県西脇市西脇983
TEL0795-22-2282

毎日9:00〜16:00頃まで。駐車場あり

ライター情報

仲埜 佑菜

Writing / Yuna Nakano

西脇市出身、西脇市在住の20代
4月からマルブンノイチのPR担当として日々奮闘中。
西脇で好きな食べ物は「よりふじの回転焼き」