2019.04.10

水槽から漏れる青緑の光がきれい、地元民も意外と知らないこの喫茶。ドアを前に入る勇気がない、でも思いきって入ってからは常連。居着いてしまう店との出会いってそんなもんですよね。

創業当初からの雰囲気そのまま。この街と産業の盛衰を見てきたこのお店を、創業から切り盛りしてきた御年84歳の加藤和子さんのお話。


昔は深夜2時まで営業!そんな夜中に誰が来てたん

「うちのことどうして知ったったの?」と優しく話しかけてくださって会話が始まったら、東京は高円寺にある「アール座読書館」を少し想起させるような静かで張り詰めた(ように思えた)この空間が、途端にやすらぎに感じはじめた。

水色のチェックのエプロンの加藤和子さんは、昭和10年生まれ。創業からずっとこの店を切り盛りされている。

ーーーー「このお店はもう長くやられてるんですか?」
「うん、昭和30年からやからもう60年以上やねえ」

昔は毎日深夜の2時まで営業、お隣の「西脇温泉」に入ってから来るお客さんに合わせて、遅くまでやっていたそうだ。
「そのかわり朝は遅かってん。だいたい10時から」

ーーーー「それでも早いですよ!笑 でもそれくらいお客さんもあって、西脇の街自体も賑わってたいうことですよね」



近隣地域の男性は、女性をナンパするなら西脇に来てたらしい。。。



「そうそう、昔は『スナック』やなしに『スタンド』言うてね、飲み屋のお姉ちゃんがお店閉めてからお風呂入りにきて、それから来よたったからねえ」

今の西脇を思うと、23時、24時以降にはもう寝ている家が多いんではないだろうか。夜は一層、閑散とした現在の街を思っても想像のしづらいような、さながら都会だったのだろう。


テレビに映る力道山を、店の外から見てた時代

「当時ねえ、奮発してテレビを買おたんです。まだ高かった頃ね。そしたら横のお風呂の帰りのお客さんなんかも、お店へ入らんと外からみんなでそこの窓んところに並んで力道山見てねえ」
西脇温泉と喫茶マンボの間に、幅人2人程度の裏路地がある。

ーーーー「そしたらやっぱりお風呂帰りの人とか、飲み屋のお姉さんとかが、お客さんとしては多かったんですか?」

「そうやねえ。あとはね、まだ当時はバイヤーとかも来とったよ。黒人さんの。大阪や海外から来てねえ。商社の人が連れてきてくれよってんや。奥の席でいっつもタバコもくもくや」

ーーーー「へえ!そんな時代も!いつ頃の話ですか?」

「昭和35年、40年、えーっと50年頃までそやったかなあ。昔はこのへんでも歩いていると街の中からガッチャンガッチャン機織りの音がしよったけどねえ。いまはもうだいぶ少のうなってもたでしょ」

ーーーー「そうですね。やっぱり当時は活気もあって楽しかったですか?その時代を知らん自分たちからしたら、話聞く限りやけど、ええ時代やなあって憧れるんですよ」

「そらまあよかったけど、今は今で楽しいよ。だいぶお客さんも減ってしもたけどねえ。当時は休まんと店して、忙しかったから毎日あっという間!今はその分毎日気楽やねえ。昔頑張ってきたからこそ今は気楽でおれるなあって思うんよ」


「ボケ防止で毎日続けてますねん」だけじゃない、お人柄あればこそ

平成に入った頃から、だんだんとお客さんが減ってしまったそうだ。産業の衰退もあるだろうが、この店を知って昔から来てくれていたお客さんたちが、気づいたら亡くなっていたり、介護施設に入っていたりと、世代が変わるときにそのまま街の人から忘れられてしまい、ごく限られた常連客にとってのお店になってしまった。

「今はねえ、いつ休んでもええくらい。(笑)それでも一人でも二人でもお客さん来たった時に開いてへんかったら悪いなあいう気がするしなあ、ボケ防止でやってますねん」

ーーーー「今はお客さんは毎日どれくらいですか?」

「もう少ないよ。一日2人、3人ほどやろかねえ。みな年寄りばっかりやけどねえ。若い人らや今の人らは、県道沿いになんぼかお店があるでしょ、チェーンのお店なんかもね。みんなそっちへ行きよってんやろねえ。ここは知ってへん人が多い思いますわ。
朝起きて、はて今日は何しよかいな思ってぼーっとするのんと、お昼にお客さんが1人でもあったらごはん何作ろうかいね思うのんとでは、やっぱ違うでしょう、ねえ。」

みなさんこのあたりのお店では、70歳、80歳代以上の方が現役の方が「ボケ防止」と言って続けておられる。ご本人たちはそう言うが、やはりお客さんへの自然な思いやりとか、お店として以前に人としての優しさを感じることが多い。そしてみなさん共通して若々しくてお元気だ。

ーーーー「やっぱり若いお客さんにもきてほしいですか?」

「そらねえ、あんたみたいな若い人と喋ったら元気もらえますやん、気持ちも若返る言うのんか。年寄りはもう話がいつも一緒やからねえ。厚生年金の話と、どないしてわしら死のかいねえ言うて先の話ばっかし(笑)」


こだわりのcoffee urn!けっこうベテランで、製造メーカーがもうないらしい。



「それでも平成入ったくらいの頃まではね、そこらに銀行があるでしょう?※3銀行の女の子らもね、お昼ご飯食べにきてくれてね、今はご飯だけやけど、そのときはスパゲッティをしよったんよ。あとプリン!自家製のやつなんやけど、えらいそれがみな美味しい美味しい言うてくれたって人気やったんよ。セットで700円。毎日よう出たよ。その子らももうお勤め行きよってないやろからねえ。
あとは、今の人らは子供にお金かかるから言うてね、お弁当自分でしよってやったり、コンビニで買ったりね。コーヒーも喫茶店やなしコンビニで飲みよってでしょ」

つい、その自家製プリンをこの空間で自分も食べたくなる。変わったことはせず、普通に自家製で作ったものが美味しかったのだろう。またお店が賑わいを取り戻したら、リバイバルしてくれないだろうか。
マンボでは、お米もコーヒーを入れる水も、当時から変わらずこだわってらっしゃった。野菜も近くの畑で作ったものを昼食に出すそうだ。毎朝畑に行くことが日課とのこと。


喫茶店=昔は「ワルの寄り合い」(笑)若い人にも来てほしい

ーーーー「おかあさん、このお店ね、僕ら世代とかの若い人らからしたらね、昔の雰囲気そのままですごいええと思うんですわ。気にいる人がいっぱいおる思うんですよ」

「ああ、そうかもわからんねえ。たまに新しいお客さんで若い人来たったなあ思ったら、遠くから来ての人やねえ。むかーしは高校(西脇高校)の子らも学校帰りに来てくれよってんよ。そのときちょうど息子が高等学校の時分やったから、『おかあちゃん明日から誰も来おへんで、がっこで帰りに喫茶店とか行ったらあかんことなってん』言うてね。」

ーーーー「え、そら困りましたね。でも高校生が寄ってくれたりしてたんですね!」

「そうそう。昔は喫茶店言うたらねえ、どっちか言うたらワルの寄り合いみたいに思われてるところもあったからねえ」

ーーーー「!。。。(いい時代やなあ)
遠くから人はたまたま?なんかで調べて来るんですか?あんまりネットとかに載ってませんよね?ここ」

「いやあなんや、これ(スマホ)で調べたら『西脇で一番古い喫茶店』て入れたらここ出てくるらしいですやん(笑)それで知って来てくれる人とかねえ」

ーーーー「へえ!そうなんですね。やっぱりそういうわざわざ来る人やったら気に入ってでしょう?」

「そやねえ、写真撮りよったったわ」

名曲喫茶で見るような赤い椅子にテーブルセットで、薄暗い空間にぽーっと黄色い照明と水槽の音だけがしている、都市部でも数えるくらいしか残っていないんじゃないだろうか。そういう、ちょっとした異界のような心地よいこのお店を、貸し切り状態で味わえて贅沢な時間だ。
家具は当時大阪の問屋で買ってきたものだそうだ。奮発したなりに長持ちしているとのこと。

ーーーー「レコードとかも静かに流れてきそうな感じですもんねえ」

「ああ、レコード昔はあったんよ、そのいま冷蔵庫置いてるとこにね、あって。昔は冷凍食品とかなかったでしょ。せやからレコードと交代でね。
ベートーヴェン好きな人やったらかけてあげたり、ジャズ好きな人やったら〜」

ーーーー「あ、昔はリクエストとかもできたんですか!!?」

「いやリクエストとかやなくて、常連さんで好きな人が来たったらかけてあげたりね、昔はレコードもたくさんあったんよ。いまは全部ほかし(捨て)てしもたけど」

「え!!(もったいない)」



"演出じゃない"今もなお、あの頃から地続きの昭和がある空間=喫茶マンボ

和子さんにとっては、
このお店も「昔ながらで貴重だからこのままの雰囲気で」というのではなく、ルーティンと「ボケ防止」で続けてこられたものが、お人柄と好きな畑作業とこのお店の仕事とを、楽しんでやってこられたこの人の人生が、特別な意図はなくただ単純に、その時代の地続きにさせたのが、この喫茶マンボというお店なのだと思った。
水槽のグッピーも、雰囲気の演出ではなくただ好きだからと。金魚と違って糞が小さいからそんなに水も掃除せんでええから楽よ。とおっしゃっていた。

お風呂帰りが店の外から力道山を見て、地元の商社マンが黒人バイヤーと連れ立ってタバコの煙もうもう、スタンドのお姉ちゃんが夜中の2時までコーヒー飲んで、「ワルの寄り合い」だった時代から、ひっそりと地続きの空間が、こんな兵庫の田舎にひょっこりと存続している。

雑念のない「昭和」が現代にある、といった感じだろうか。ノイズがない。もちろん、演出された「昭和レトロ」の空間ではない分、「おばあちゃんへ」の孫の描いた絵や、不似合いな造花があって、そういった意味ではノイズもあるのだが。





喫茶マンボは、毎日9時〜16時。たまーに用事があったらおやすみ。お昼時は日替わりのランチ。それ以外はホットコーヒーだけ。変わらないこだわりのコーヒーです。
独り占めできる空間であってほしいが、自家製プリンのリバイバルと、お店がずっと続いていきますようにと願うばかりです。昭和好きは是っ非、静かな空間でゆっくりしたい方なども、ぜひお立ち寄りください。

店舗情報


喫茶マンボ

〒677-0015 兵庫県西脇市西脇983
TEL0795-22-2282

毎日9:00〜16:00頃まで。駐車場あり

ライター情報

丸山大貴

Writing / Daiki Maruyama

マルブンノイチの一連のプロジェクトオーガナイザーで、普段はデザインデイレクター。当メディアを機に記事執筆にも挑戦中。一応文学部出身